精神性

マインドフルネスとは?話題のマインドフルネスの意味をしっかり解説

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From:堀口寿人
年末の静けさを感じて

2015年だったか。

世界的企業のグーグルが全社を挙げてマインドフルネスを取り入れていることが話題になった。

今ではテレビでも、本でも、雑誌でもマインドフルネスは引っ張りだこだ。マインドフルネスに関する研究も急激に増えていて、まさしく今マインドフルネスはブームと言えるだろう。

では「マインドフルネスはなぜ、そんなに人気なんだろう?」というより「そもそもマインドフルネスって何やねん?」という話だ。

今回はその辺について、詳しく話していこうと思う。

ちなみに、マインドフルネスは僕の一番得意な分野の一つでもあるので、マニアックなまでに掘り下げて説明したいと思う。

1.マインドフルネスとは?

1-1.マインドフルネスの意味

始めに、あなたに残念なお知らせだ。

マインドフルネスに正確に対応する日本語はおそらくない。

ただ、それだと話が終わってしまうので、なるべく近い日本語を探すとなると、「気づき」という意味になるだろう。

こう聞いて「なーんだ、気づきかー」と思わないでほしい。というのは、僕たちが一般的に使っている「気づき」の意味とだいぶ違うからだ。

例えば、あなたの後ろに人がいたとしよう。でも、あなたはその事実を知らなかったとしよう。でもしばらくして、あなたは後ろに人の気配を感じて、自分の後ろに人がいることを知る。

こういう場合に、「後ろの人に気づいた」と一般的には言う。

これももちろん気付きには違いないが、マインドフルネスは、そういった大ざっぱな気付きじゃなくて、もっと一瞬一瞬のとても細かい気づきを意味している。

もう一つ例えを出そう。

あなたは呼吸をするとき、「今息が出た」とか「今息が鼻から入ろうとしている」とか毎回理解しているだろうか?

歩くときに、「今右足が地面から離れようとしていて、左足のふくらはぎには力が入っている」とか、その瞬間を理解しているだろうか?

もし、理解していなくても、あなたは全く問題ない。というか、おそらく、そんな細かいところまで理解しながら生きている人はほとんどいないだろう。

ただ、そういった普段、無意識でやっていることに瞬間瞬間気づくというのがマインドフルネスの本当の意味になる。

1-2.僕たちはほとんど気づいていない?

僕たちは、「自分が見たもの聞いたものが全てだ」と思い込むクセがある。だから、自分が見たもの聞いたもの以外には存在しないと信じているわけだ。でも、本当は僕たちが普段理解していることは圧倒的に少ない。

例えば、僕たちはモンシロチョウを見ても、オスとメスの違いがよく分からない。どっちも白っぽくて同じ感じに見えるからだ。

でも、モンシロチョウ自身からしたら、オスとメスは全然違うように見える。彼らは紫外線が見えるからだ。

僕はモンシロチョウになったことがないので、正確にどう見えるかはわからないけど、紫外線が見えるモンシロチョウにはオスは黒く、メスは白く見えるそうだ。

もう一つ。僕が実体験したお話がある。僕は以前に扁桃腺を取る手術をしたことがある。扁桃腺というのはのどについていて、風邪になるとハレる、あれだ。

扁桃腺はとっても問題ないらしく、手術はとても簡単なものだった。でも、おそらく手術は30分か1時間くらいはやっていたと思う。

なぜ、こんなあいまいな言い方をするのかと言うと、僕にとってはその手術が一瞬だったからだ。

まず、手術をする前に、身体を台に縛り付けられる。そして、腕に注射。全身麻酔だ。スーッと意識が飛んでいき・・・・、次の瞬間、体をポンポンと叩かれる。「堀口さん、終わりましたよ」ってな感じで。

僕からしたら、「えっもう??ついさっき腕に注射打ったばっかじゃん!」って感じだった。僕の感覚からすると手術中の30分~1時間の時間は「無かったこと」になっていたわけだ。

話は膨らむが、僕がしたこの経験は、認知症の人の経験とよく似ている。

僕の祖母もやや認知症ぎみなところがあるが、5回ぐらい言って、初めて1回覚えるみたいなところがある。

この現象はとても興味深い。

例えば、この前こんな会話があった。祖母が「最近マッサージ行ってる?」と聞いてきたので、僕は「最近行ってないな~」と答えた。

すると、しばらくしたら、祖母はまた「最近マッサージ行ってる?」と聞いてくるのだ。僕はまた「最近行ってないんだよ~」と答える。

半日くらい一緒にいると、こんなやり取りが5回くらい登場するわけだ。

僕からしたら返事したのは「5回」だ。でも、祖母からしたら返事されたのは「1回」なのだ。

だから、こちらが3回とか4回返事した段階では、祖母はまだ「自分はマッサージについて何も聞かされていない」といった感じなのだろう。言いかえると、3回とか4回とか返事を受けた事実は意識されず、無意識的に処理されてしまっているのかもしれない。

でも、だからと言って、事実に気づいていないのは認知症の人だけだろうか?全身麻酔されたとき限定だろうか?

もちろん、そんなことはない。

1-3.無意識を意識する

話が大分それてしまったので元に戻そう。

つまり、僕が言いたかったのは、僕たちは多くの時間を無意識的に過ごしているということだ。だから人によって意識するものも違えば、誤解も生まれる。

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僕たちは自分が意識しているものしか意識できない。そして、僕たちは自分が意識したものが全てだと思い込むクセがあるわけだ。

つまり、マインドフルネスを、分かりやすく言うと、普段「無意識で処理している現象を意識的に処理すること」だ。それがマインドフルネスの正体になる。

じゃあ、なぜ今マインドフルネスがこんなにも話題にされるのか?そのあたりを知るにはマインドフルネスのルーツを知る必要がある。

実は、マインドフルネスのルーツは2600年も前に生まれていた。

2.マインドフルネスのルーツ

2-1.マインドフルネスと仏教

マインドフルネスを語るうえで、絶対に抑えておかなければならないのは仏教の教えだ。

仏教は、今から約2600年前に、ブッダ(お釈迦様)が教えた教えだ。

一般的には「仏教は宗教だ」みたいな感じで一くくりにされがちだし、全く間違っているわけでもない。

でも、一番古い経典と言われる初期仏教の経典を読んでみると面白いことが分かる。というのは、そこにあるのは実生活で心を鍛える訓練方法だからだ。神がかり的な話はほとんど出てこない。

そんな仏教の経典の中に、sati(サティ)という言葉が出てくる。Satiとは当時ブッダが生きていた時代の古いインド語で、念とか気づきという意味がある。これを英訳したのがマインドフルネスというわけだ。

初期仏典を読むと分かるが、当時の初期仏教では、悟りを開くために訓練が必要だとはっきり言っている。その訓練の中心的な要素がsati(サティ)なわけだ。

それが長い年月を経て、日本に仏教が伝わるのは、聖徳太子の時代。紀元600年ごろだ。実に仏教が生まれてから、1000年以上も経った後で、仏教は中国から日本に伝わっているわけだ。

僕たちが知っている仏教はほとんどが中国から伝わったもので、おそらくその1000年もの間シルクロードを通って日本に伝わってきたのだろう。その間には色んな異文化にもまれて、仏教ももともとの形とは変わってしまったのだと考えられる。

実際に日本の仏教、例えば、浄土真宗などは「修行をする」という考え方がない。あくまで念仏を唱えるだけだ。

だから、本来のsati(サティ)つまり、マインドフルネスは僕たちにとって馴染みの薄いものになってしまっているのが現状だ。

でもマインドフルネス自体は、ずっと昔からあったわけだ。ただ、それはあくまで仏教の修行に限った話だった。

2-2.マインドフルネスと心理療法

そのマインドフルネスが、一般の我々にも触れるようになったきっかけが、つい30年ほど前に生まれた。

1980年ごろ、ジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn)という人が、マインドフルネスを応用した心理療法を開発したのだ。

これをきっかけにマインドフルネスは宗教という枠組みから出て、一般的に知られるようになった。

そして、心理療法としてマインドフルネスが扱われるようになったおかげで、効果研究もたくさんされるようになった。

その結果、マインドフルネスにはとんでもない効果があることが次々に分かってきたわけだ。

例えば、

  • 痛みの緩和
  • うつ病の改善
  • 摂食障害の改善
  • ストレスの解消
  • ガン細胞の抑制

などの、症状だけでなく、健康な人にも、免疫力や集中力向上などの効果をもたらすことが分かっている。

2-3.マインドフルネスと能力開発

そのような研究結果もあって、マインドフルネスはグーグルやインテルなどの世界的な大企業にも、能力向上のトレーニングとして取り入れられるようになった。

ちょっと前に、「グーグルのマインドフルネス革命」という本が出たが、すごく話題になったのは記憶に新しい。

まあ、こんな感じで、ようやく一般の人もマインドフルネスの存在を知れるようになり、それを実践できるような世の中になってきたわけだ。

じゃ、最後に、マインドフルネスにはどんなものがあるかだけ触れておこう。

3.マインドフルネスの気づきの対象

マインドフルネスは、普段僕たちが無意識的に処理してしまっていることに、きちんと意識する、つまり気づくということだとお話した。

じゃあ、ここで大事になって来るのが「何に気づけばいいのか?」という問題だ。気づく対象がはっきりしないと、それに気づきようがない。

これに関しては、初期仏教の経典に詳しく書かれている。でも、全部解説すると、詳しくなりすぎるので、要点だけを見ていこう。マインドフルネスの対象は具体的には次の4つある。

3-1.身体に関するマインドフルネス

1つ目は、身体に関するマインドフルネスだ。僕たちは、自分の身体に対して、色んな思い込みや執着を持っている。だから、実は事実をあるがまま観察できていないことが多い。

だから、自分の身体というものが一体どういうもので、どんなことがそこで起こっているのかをあるがまま観察して気づくというのが、この実践だ。

例えば、代表的なやり方としては、出入息を観察する方法がある(出入息瞑想: Ānāpāna-sati)。これは息が今鼻から入っているのか出ているのか、肺のどのあたりにあるのかなどを観察するやり方だ。これがマインドフルネスの中では一番ポピュラーで取り組みやすい。

他には、自分の姿勢を観察するという方法がある(威儀瞑想:Iriyāpatha)。これは、自分が立っているときは「自分は立っている」と、自分が座っているときは「自分は座っている」というように、自分のその時の姿勢に気づくという意味だ。これも出入息と同じくらいポピュラーなので覚えておいてほしい。

身体に関するマインドフルネスは他にも色々あるが、この2つが要になるので、重点的に理解してほしい。

3-2.感覚に関するマインドフルネス

2つ目は、感覚に関するマインドフルネスだ。感覚と言うのは、仏教的に言うと次の3つある。

  • 楽・・楽だ、気持ちいいなどの感覚
  • 苦・・苦しい、辛い、痛いなどの感覚
  • 不苦不楽・・・楽でも苦でもどっちでもない感覚

例えば、あなたが一時間立っていたとしよう。足は疲れて、足の裏は地面と体重に押しつぶされてジンジン傷む。

そして、一時間後椅子に座ったところを想像して欲しい。

きっと、足から力が抜けて、楽になった感覚を想像できるだろう。でもそのまま30分ほど座っているとどうなるだろうか?

「楽だ」という感覚はなくなって、普通な感じになるだろう。この状態が不苦不楽の状態だ。さらに1時間ほど座っていたらどうなるだろうか?

次は、お尻に圧がかかって、お尻が痛くなるはずだ。これがまた苦の感覚というわけだ。

これは身体に限ったことじゃなくて、心にも苦、楽、不苦不楽がある。それはあなたも体験的に理解できるはずだ。

それらの感覚にあるがまま気づいていくのが感覚に関するマインドフルネスになる。

3-3. 心に関するマインドフルネス

3つ目は、心に関するマインドフルネスだ。マインドフルネスは身体が一番気づきやすくて、次に感覚というように、だんだん難しくなる。

だから3つ目の心に関するマインドフルネスは上の2つに比べて少し難しいかも知れない。まあ今回は意味だけなので、ざっと見ていこう。

心に関するマインドフルネスと言うのは、今風に言うと「自分の心理状態に気付く」というような意味だ。

具体的には、

  • 自分の心に欲があるときには「自分の心に欲がある」と知り
  • 自分の心に欲がないときには「自分の心に欲がない」と知り
  • 自分の心に怒りがあるときには「自分の心に怒りがある」と知り
  • 自分の心に怒りがないときには「自分の心に怒りがない」と知り
  • 自分の心に無知があるときには「自分の心に無知がある」と知り
  • 自分の心に無知がないときには「自分の心に無知がない」と知り

・・・

というように、自分の心に今どんな感情が生じているのか、またいないのかをあるがまま知るということになる。

ちなみに欲、怒り、無知などの感情の分類の考え方に関しては、「ネガティブの本当の意味とポジティブの本当の意味」を参考にして欲しい。

3-4. 法に関するマインドフルネス

最後は法則性に関するマインドフルネスだ。これは実践するのは非常に難しい。というのも、上の3つができないと、法則性に関するマインドフルネスは実践できないからだ。

とりあえず、ここでも意味だけ触れておこう。

まず、「法(dhammā)とは何か?」という話だが、これがまた難しい。一言で言うと仏法という意味になるだろう。

要するに、法に関するマインドフルネスとは「ブッダの教えを実際に観察することであるがまま理解する」ということだ。

ただ、聞いた教えを頭の中だけで「ああ、そうか」と理解するだけじゃだめだということだ。「本当にそうなのか」を実際に体験して理解しないといけない。

それが、法に関するマインドフルネスの真髄だ。これもまたいくつか種類があるので、最初の一つだけ例でお話しよう。

仏教では、「瞑想を妨げるものは五蓋(ごがい)である」と教えている。

蓋とはフタという意味で、悟りにフタをしてしまうものという意味で、この名前がついている。

五蓋というからには、5つあって、

  • 怒り
  • 沈鬱(やる気がない状態)
  • 浮つき・心配(心がそわそわした状態)
  • 疑い(真実への疑い)

の5つだ。

五蓋に関するマインドフルネスは、「この5つが本当に瞑想を妨げるのか?この5つ以外にないのか?」ということを理解することを意味する。

上の3つをきちんとできていないとできないというのが分かってもらえたと思う。

まあ、いずれにしてもこの4つがマインドフルネスの全てになる。マインドフルネスの実践や効果に関してはまた別で解説しようと思うので、とりあえずここでは意味だけ抑えておいてほしい。

まとめ

マインドフルネスとは、「僕たちが普段無意識で処理してしまっている事実に、瞬間瞬間意識的に気づいていくこと」だ。

僕たちは自分が見聞きしたことが全てと思う節があるが、実際は全く違う。知らないこと・気づいていないことの方が断然多い。

そういったことに意識的に注意を向けていくことがマインドフルネスになる。

具体的にマインドフルネスには次の4つの種類がある。

  1. 身体に関するマインドフルネス
  2. 感覚に関するマインドフルネス
  3. 心に関するマインドフルネス
  4. 法に関するマインドフルネス

というわけで、マインドフルネスに関してどうだっただろうか?それこそ何か新しい「気づき」があったならうれしく思う。

補足

マインドフルネスに関して、今やあまりに多くの人が発言していて、何が真実か分かりにくくなっている。それこそ研究者でも「全然違うやろ!」ってことを言ってたりするのが現状だ。

だから、今回僕はマインドフルネスの解説をするにあたって、初期仏典の原文訳「中部経典 第10念処経」をベースにした。

もともと、マインドフルネスは仏教が発祥であることは上に説明した。またシルクロードなど他の文化を受ける前の初期の仏典が一番ブッダが教えたものに近いとされている。

それなら、初期仏典をベースにマインドフルネスを説明するのが筋だと僕は考えた。

宗教という枠組みから出てマインドフルネスが一般普及したのは有益なことだ。でも、それによって本来のマインドフルネスの意味が失われるのは僕としてはとても残念に思っている。

もし、あなたがもっと深くマインドフルネスについて知りたいと思ったら、また下のコメント欄に書き込みをして欲しい。内容を確認してお返事したいと思う。

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