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思い込みってなあに?

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私たちには記憶があります。

例えば、私の場合だと

・5歳くらいの時に目の上を怪我したこと
・小学生の時に忘れ物をして恥ずかしい思いをしたこと
・中学生の時に部活で砂浜を走ったこと
・高校生の時に電車で寝過ごして無人駅に降りてしまったこと

いっぱいありました。

これらは全部事実だと私は思っています。

何で、「事実だ」と言い切れないのか?

それは、記憶は思い出すたびに書き換わる性質があるからです。

そもそも、私たちが何かを体験したとき、すでに自分の主観的な見解が混じった状態で記憶として保存されます。

例えば、沸騰したヤカンをイメージしてください。

赤ちゃんの時は、「沸騰したヤカン=危険」だと思っていません。というのも、そう思うだけの体験がないからです。

そして、その時が来ます。

沸騰したヤカンにジュー!!

この体験で保存される記憶は、

・熱や痛みなどの客観的な情報
・それによって生まれる「沸騰したヤカン=危険」という主観的な見解

がセットになったものです。

ここで言う、主観的な見解のことを「思い込み」と言います。

こんな感じで、何も知らなかった私たちは、成長の中であらゆる体験をし、それらにあらゆる主観的な見解を作ってきました。

「自分」という存在に対してもそうです。

私たちは、「自分の見た目、態度、言葉、考え方、雰囲気」などあらゆる情報を五感や脳でキャッチし、それに主観的な見解を持っています。

それが、自己イメージです。「自分て○○な人」ってやつですね。

記憶には、主観的な見解が混じっているわけですから、いつだって主観的な見解で変化していく可能性があります。

要するに、私たちにとって大事なことは「過去に何が起こったか?」ではなくて、「それにどんな見解を作ったか?」なのです。

見解は主観的なものですから、いつでも変更できます。

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