その他

なぜ人と見比べてしまうのか?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ba546e8a6ef3bcc40db32ab2b75bea7f_s

こんにちは。堀口です。

あなたは人と見比べたり、ライバル視をしたことはありますか?

もし、私と同じ感覚であれば答えは「イエス」でしょう^^;

仏教では、この人と見比べる感情のことを「慢(まん)」と呼んでいます。

私たちには生まれた時から慢の感情をもっているんですね。

そもそも、「何で人と見比べたり、ライバル視してしまうんだ!?」と思いませんか?

自分は自分でやっていけばいいはずなのに。他は関係ないはずなのに。

どれだけ頭で考えても、人と比べないでいることは慢の感情が許さないわけです。

ここに、一つ重要な要素があります。

それは「価値」という要素です。

私たちはいつだって、自分に都合がいいものを取り入れて、都合が悪いものを排除しようと必死です。

あなたもそうじゃないですか?

好きな人からの食事のお誘いは、前の予定をキャンセルしてでも行きたいですよね?

でも、嫌いな上司からのお誘いは、仮病を使ってでも休みたくなるかもしれません。

これは、好きな人からのお誘いには高い価値を設定して、嫌いな上司からのお誘いには低い価値を設定しているからです。

要するに、私たちは、世の中にあるあらゆるものを「価値」という基準ではかりまくっているわけです。

そして、”自分的に”価値が高いものを積極的に取り入れようと必死になっているということなんですね。

  • 予定を入れるときも、”自分的に”価値が高い予定を優先しようとします。
  • 人と付き合うときも、”自分的に”価値が高い人と優先的に会おうとします。
  • ものを買うときも、”自分的に”価値が高いものを優先的に買おうとします。

そして、何よりも自分自身が他人よりも価値が高くありたいと望みます。

これが、慢の仕組みです。

ただ・・・

ここで、何度も”自分的に”と強調してきたことに注目してください。

これは何を意味しているのか?

それは、「絶対的な価値基準はない」ということです。

だれも、隣の家の晩御飯の絶対的な価値は分かりませんし、友達から誘われた合コンの絶対的な価値も分からないのです。

でも、絶対的な価値が分からないと、何を優先していいか分からないので、とりあえず自分的に価値をつけるわけですね。

だから、もし、あなたが人と自分を見比べたり、ライバル視して落ち込むことがあっても、大丈夫。その、価値基準は全然あてになりませんから。

その理解があれば、だいぶ心は落ち着きます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す